原発事故というものについて

グラフ


先日、私の知人の故郷でもある福島県富岡町、そして搬入路のある楢葉町が
産業廃棄物処分場を国有化し最終処分する国の計画を
受け入れる決断をしたことがニュースでも報道されました。

何が正しいのか、何が間違っているのかではなく、
町や村に戻る戻らないに関わらず、
ただ、原発事故というものが
多くの人たちの故郷の形を変えてしまったこと、
誰かが苦渋の決断を下さなければ先に進めないほどの
負の遺産を生み出してしまったこと、
そして、
首都圏はじめ、私たちの多くが
彼等の故郷から送電された電力を享受してきたこと、
その事実を今1度しっかりと
心に留めなくてはならないのではないでしょうか。


3年前の2012年の記事でも1度取り上げましたが、
原発周辺地域では事故時の混乱と過酷な避難、
長引く避難生活と先の見えない不安、
そして帰郷への期待と落胆の繰返しによる心身への負担、
そういった様々な要因で他の被災地とは全くことなる震災後の経過を辿ってきました。
冒頭の図は、現在復興庁や警察庁などが公表している
最新の『震災死者数』及び『震災関連死者数』のデータを視覚化したものです。
ご覧いただければ分かるように、
震災による直接死の割合は、福島県は3県の中で最も低いものの、
関連死の割合になると全体の6割弱ほどの割合を占めています。
さらに、関連死者数の推移を見ると、
他の2県が減少に転じた震災3ヶ月以降も、
福島県の震災関連死は減少することなく逆に増え、
ようやく減少し始めたのは1年半が経過した頃でした。

また、福島県全体の震災関連死者数における、
震災後何らかの指示区域となった場所の占める割合は、
実に約88%にものぼります。
その内、今回廃棄物に関する国の計画を受け入れた2町は
25%弱を占めています。


原発再稼働にあたり、

『原発事故で死んだ人はいない。』

そう言った方がいましたが、
原発事故は何も直接放射能を浴びて死ぬことだけが問題ではありません。
むしろこうして何年にも渡り厳しい過酷な状況を生み出す事実から、
目を逸らしてはいけないのではないでしょうか。

増え続ける放射性廃棄物、
その処分を苦渋の決断をもって受け入れた町。
その選択は決して『当然』のひと言で済まされるべきものではなく、
本当に長く険しい道のりの中で、
決断せざるを得ないひとつの答えだったのではないかと
私はそう思っています。



復興庁:震災関連死に関する検討会

東日本大震災における震災関連死の死者数などの資料をダウンロードすることができます。
http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-6/20140526131634.html

警察庁:被害状況と警察措置[2015年11月10日]
「東日本大震災について」→「震災に関する情報一覧」→「被害状況など」というコーナーに最新の被害状況に関する資料があります。
http://www.npa.go.jp/archive/keibi/biki/index.htm

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tag : 避難 福島 原発事故 東日本大震災 富岡町 楢葉町 避難者 復興 震災関連死

楢葉町の避難指示解除

今から1時間ほど前の、9月5日0時に
福島県楢葉町の避難指示が解除となりました。

震災後にこのブログでもご紹介しましたが、
県の重要無形文化財にも指定された
『江戸時代から続く大滝神社の浜下り』という有名な行事や
同じく江戸時代に植えられたという見事な
『樹齢200年を越える清隆寺のシダレザクラ』を有する楢葉町。

震災当時、そこには
およそ2,576世帯7,701人の方が住んでおられました。


原発事故を受けて町内全域に避難指示が出されてから
およそ4年と6ヶ月

震災後に出会った楢葉町から避難されて来ていたご婦人が
一時帰宅の際にご主人の墓前で号泣されたという話しを
私は今でもよく思い出します。

帰郷を待ちわびていた方もある一方で、
故郷に思いを馳せつつも未だ消えない放射能への不安や、
医療機関をはじめとする生活環境の不自由などから、
即帰還する町民は1割にも満たない
とみられています。
また、先月20日に、町内における小中学校等の再開を
2017年の4月とすることが決定されているため、
子供をもつご家庭の帰郷はまだ先になるでしょう。
さらには、隣接する富岡町には最終処分場が計画されており、
楢葉町の上繁岡、繁岡行政区にはその搬入口があります。



事故前の東京電力の請求書裏には
時に、その電気が福島県でつくられたものであることが
イラストと共に描かれていたことを
どれくらいの方がご存知でしょうか。




原発事故の問題は周辺地域だけの問題ではありません。
そして、現在進行形の問題でもあります。


町とそして町民の方々にとってはまだまだこれから
向き合ってゆかなくてはならない問題が沢山あります。
そして同時に、私たちもまた、
この問題と町のこれからに関心を持ち続けてゆかなくては
ならないのではないでしょうか。




楢葉町の過去記事:
町の美しいシダレザクラや、歴史ある大滝神社の浜下りについての過去記事です。
http://temutemu2.blog38.fc2.com/blog楢葉町

楢葉町:全域避難を解除…すぐに帰還1割未満、再生険しく
:毎日新聞 2015年09月05日 00時09分(最終更新 09月05日 01時45分)

http://mainichi.jp/select/news/20150905

復興庁:子力被災自治体における住民意向調査
震災後に毎年行われているアンケート調査結果をご覧いただけます。
http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat1/sub-cat1-4/ikoucyousa/

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tag : 避難 楢葉町 福島 東日本大震災 原発事故 避難者 避難指示解除 被災地支援

全町民避難を続ける町の今








去る10月31日、
未だ全町民が避難を続ける
福島県の富岡町へ行ってきました。

日頃から町のことについては
関係各所から伝え聞き、自分自身でも
様々な形で見聞きしてきていたので、
『想像もしなかった』という驚きは
ありませんでした。
しかしそこは、

人々があの日まで、
どこにでもあるように当たり前の日常を送っていた
町のひとつである


というその事実を、
ただ苦しい程静かに物語っていました。
一部は除染が完了し、一部は倒壊したまま解体を待ち、
一部はバリケードで立入り禁止になり、
そして、門の前に、道ばたに、田畑の一部に、
除染で出た放射性廃棄物を入れた黒い袋が積まれ、
それ以外の広い田畑にはどこまでも
生い茂った背高泡立ち草の黄色い穂先が揺れていました。

震災から丸3年と8ヶ月が過ぎた今ここにある現実。

私が福島へ着いた日、
国は福島第一原発1号機の核燃料取り出し開始時期を
2年から5年遅らせることを公表しました。

それから8日後、
鹿児島県知事は川内原発再稼働同意の意志を
表明しました。

ここに1つの写真があります。
富岡町へ行った同じ日の夜、22時58分,
東京の新宿です。



溢れかえる人の波、眩しいほどのネオン。
不夜城と呼ばれるような眠らない町を
いくつも抱えるここ東京。
そこから車でわずか数時間先に今もある現実。


先日参加した『ボルネオの生物多様性保全に関わるシンポジウム』
の講話の中で、以下のような言葉がありました。


「無意識の加害から意識した加害者にならなくてはいけない」


「知らないことは罪かもしれないが、知ることは未来への希望である」


無意識の生活の先に、私たちは知らず知らずに加害者となり、
将来子供達が享受すべき素晴らしい自然・かけがえの無い地球の財産を
奪ってしまっている。というものでした。
この言葉は私たちの国の中に今も現在進行形で存在する
多くの問題にも、言えることかもしれません。


10月31日に復興庁から発表された最新の

全国総避難者数23万9,341人
福島から県外への避難者数4万6,416人

自県内避難者数も含めると、福島の避難者数は相当数にのぼります。



復興庁:全国の避難者等の数(所在都道府県・所在施設別の数)
一昨年の8月から現在まで定期的に公表になっている全国の避難者数等の情報を御覧いただけます。
http://www.reconstruction.go.jp/避難者情報

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tag : 東日本大震災 原発事故 福島 富岡町 避難

富岡_町の話し02



『もう、故郷を捨てたいんです。。』


ひとりの方が私にそうつぶやきました。
この春、奥様とお2人で被災地沿岸部を岩手から巡り、
そして、自分の故郷にたどり着いた時、
そのあまりの悲惨さに、
ただ、涙しか出なかったと。


『故郷に帰りたい、本当に帰りたい。
でも、自分は故郷の為に何一つできることがないんです。』



『両親の骨のひと欠片、石ころのひとつを
守り神として持って帰りたいと思っても、
それすら持ち出してはいけないと言われる。』


自分はもう70、現実問題、除染をしたとしても、
農業はできるのか、水はどうなのか、インフラは、
すぐ隣には未だ不安定な原発がある。
実際に住めるようになるのは、あと10年はかかるだろう。
その頃に、自分はもう生きてはいないかもしれない。


『もう故郷へ、涙を流す為に行きたくはない。』


あまりの苦しさに、
もう故郷とも、両親とも決別したいんです。
決別して、新しい地で、今の家族を守りながら、
新しい故郷をつくらなければ、
自分はもう前に進むことができない。と。



今年2月にお会いした時、
その方はもっとお元気だったように思います。
心が本当に折れそうだったのだろうと、
それを痛いほど感じました。


震災直後、多くの人が、
誰も経験したことのない目を疑うような現実に言葉を失くし、
そして、何か自分にできることはないかと、
日本中の人々が現実と向き合おうとしていました。

今、多くの人の中でそれは過去のことになっているように思います。


でも、震災から丸2年以上が経過した今なお、
故郷に戻ることすらできず、
月日の経過と反比例するように、
心の負担が増してゆく、
そんな現実の中にある人たちがあることに、
どうぞ今一度目を向けていただければと思います。


また後日、ご報告しますが、
先日、福島の本宮にある仮設住宅を訪問し、
浪江からの避難者の方々とお会いしてきました。


福島に限らず、被災地沿岸部の甚大な被害を被った方々で、
今も仮設住宅のお住まいの方は、本当に沢山いらっしゃいます。


震災はまだ決して過去ではありません。




在京富岡友の会 ふるさとを行く
今年4月16日、在京富岡友の会の方々がこの春に区域再編となった故郷をバスで訪れた時の映像です。道路脇には黒い袋に入れられた汚染土が積み上げられ、地震で壊れた建物はそのまま、放置されたままの津波でひっくりかえった車と、被災したままの駅。これは、震災から丸2年以上が経過した今年の春の映像だということを、心に留めて頂ければと思います。
http://youtu.be/WEctWmKg6uM

テーマ : 福島県
ジャンル : 地域情報

6月の在京富岡友の会_町の話し01

今年の2月に行われた在京富岡友の会の新年会での様子を
このブログでご紹介してから、早くも4ヶ月が過ぎました。

今月8日、都内で行われた同会の集まりに私も参加させていただきました。
富岡町の副町長さんはじめとする町役場の方々や、
福島県東京事務所の所長さんなどもお越しになり、
避難者さんも含め、50名弱の方が集まりました。

6月8日は、大震災から2年2ヶ月、821日目でした。
警戒区域となっていた富岡町も、区域再編が行われ、
一部区域への立ち入りは可能になったものの、
除染効果、健康不安、発電所の安全性や農業再開、
インフラ整備などに対する不安など、
まだまだ多くの不安と問題が山積みであり、
町は今後6年間(現時点では後5年間)は全町民帰還せず
という方針を打ち出しています。

町の議長さんはおっしゃいました。


『現在も、全国47都道府県に町民の方々が避難をしており、
いつ元の生活に戻れるか不安な状況と闘っていることは事実』



『今年は正に復興元年である。いくつもの小さな山を越え、
やっと大きな1つの山を越えたに過ぎない。』




他の被災地が復興へ邁進し、賑わいや活気を取り戻してゆく中、
2年経った今がようやく復興元年という現実。

県の東京事務所の所長さんは冒頭で次のようなことをお話になられました。


『東京に住んでいると、大震災は昔のことのようで、
風化しているように感じますが、
未だに多くの人々が避難を続けている厳しい現状にあります。
長い長い時間がこれからかかるだろうし、
非常に多くの困難が待ち構えているということも事実です。』



福島県自体は、八重の桜などで注目を浴びている会津を中心に、
観光客も25万人をこえ、
上向きになっている部分もあるとのことですが、
その一方で、まだまだ出口の見えない中で過ごしている方々がいる現実を、
私たちも忘れずにいなくてはならないのではないでしょうか。


副町長さんのお話では、現在富岡町から東京都内に避難中の方は789名


夜の街はネオンに溢れ、閉店後もディスプレイに煌々と明かりを灯し、
店に入れば上着をはおらなくてはならない程に冷えた店も多くある東京。



富岡町に限らず、避難者の方々とお会いしてお話を聞く度に、
車でわずか数時間先にある現実とのギャップに言葉を失くします。
会の最後に1人のご年配者が、どうしても伝えたいことがあると口にされた言葉。


自分だけを守ろうとすると、
自分さえ守ることは出来ない。



6月18日現在復興庁から公表されている最新の

全国総避難者数29万8,033人
福島から県外への避難者数5万3,960人。



同情や慰めではなく、
そこにある『現実』を『知る』ということ。
今必要とされているひとつの形かもしれません。



復興庁:全国の避難者等の数(所在都道府県・所在施設別の数)
一昨年の8月から現在まで定期的に公表になっている全国の避難者数等の情報を御覧いただけます。
http://www.reconstruction.go.jp/topics/post.html

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

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